ハローワールド

障害の有無と「命」の大切さ

2015.10.25

その他

09

子供を中絶するという場合に「善悪の問題」は必ず出てきます。障害の有無が関与していれば敏感に反応する人もいるはずです。
障害を持っているか、持っていないかに関わらず、中絶が完全な「悪」になるケースというのは、命を軽んじている場合です。
非常に分かりやすいのが、しっかりとした一般常識を持った大人が、一時の感情で無責任に子供を作ろうとした場合です。仕事がない状況や、経済的に厳しい状況で子供を作ろうとするのは、普通に考えれば非常識なことになります。
子供を育てるのに大きなお金が必要になるということは、具体的ではなくても多くの人が知っていることであり、仕事がない状況で子供を作ることなどは到底できません。このような状況で子供を妊娠し、そして中絶をするというのは子供の命を軽んじていると考えられても仕方がないでしょう。この場合の中絶は「悪」になってしまう可能性がとても高いです。

逆に望まない妊娠(DVや暴力的な事件等)等ににおいての中絶というのは、妊娠をした人を守る上でとても大切なものであり、決して命を軽んじての中絶ではなくなります。「善」という言葉が相応しいのかどうかというのは議論の余地がありますが、決して間違った中絶ではないと考えられます。(個人の尊厳・人権を守る、生活を守っていく上で必要になります)

障害を持っているから「産まない」というのは・・・


障害を持っているから産まないという選択肢は、非常に善悪のつけづらいものになります。計画的な子作りをしていてる場合で障害がある子供を産みたくないということで中絶を選択する人もいれば、そのまま産む人もいます。
障害に対する捉え方、価値観というのが千差万別すぎてしまい、個人の感情論で語られてしまうことも少なくはありません。
中絶をしてはいけないという人の場合「命を軽んじてはいけない」という考えが強くあることが多いですが、中絶をする全ての人が「命を軽んじているわけではない」ということになります。安易に答えを出して良いものではなく、あえて答えを出さないようにしておくことが「正解」であるかもしれません。

ハローワールド編集部

ハローワールド編集部

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

PAGE
TOP