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2016.3.10

障がいのある僕が作業療法士になった~前編~

病院には医師や看護師の他にも様々な職種のスタッフがいます。介護士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー―――。それぞれのスタッフがチームとなり、一人一人の患者さんの治療にあたります。
その中で病院のスタッフにも、過去に病気を乗り越えて現在活躍する人たちがいます。
愛知県在住の高橋渚さん(仮名)。彼もまた、うつ病などの精神疾患を抱え、闘いながら病院に勤務しているひとり。現在は作業療法士として働く25歳の青年です。
そんな高橋さんに、子供時代から学生時代、そして作業療法士への道のりから、実際に作業療法士になってからのお話までインタビューで語って頂きました。

記事3-1

子供時代はやんちゃながらいじめられっ子。小児科デイケアにも

――― 子供時代はどのような子供でしたか?
「やんちゃでしたよ。でもいじめられっ子でした。小児科のデイケアみたいなところにも通っていました。ADHDの疑いもあって、中学になったら知能指数が落ちると言われた事もあります」
そんな少年時代の高橋さんを今でも支えているもののひとつが野球でした。
――― 中学には普通に通っていましたか?
「諦めが悪いというのか、いじめは続いていたけど普通に行ってました。きちんと出席して高校で野球がやりたい、それだけ考えていました」
高校球児だった高橋さんは、受験生になる時初めて「作業療法」という言葉の意味を調べたそうです。
――― 小児科デイケアに行っていても、作業療法士の存在は知らなかったのですね。
「その言葉を(実際)知ったのは高校の時。進路を決める際、志望大学のコースに「作業療法」とあって、これなんだ?と思って調べたんです」

記事3-2

こんな自分でも、誰かの笑顔や能力が取り戻せるなら

――― (高校に進学して)ずっと野球を続けて、進路を選ぶにあたってご自身の中で変わったきっかけがあったと思うのですが、それは何ですか?
「変わったのは性格かなと。それまでは攻撃的でした。で、色んな人を傷つけてしまった…そのツケを償えるなら、作業療法士を目指すのもアリかな、と」
――― 云わば、反省のようなものですか。
「そうですね。それから作業療法士の事を調べました。(初めは)脳梗塞患者や高齢者に食事や、生活に必要なリハビリをしてその人らしさを補う、という感じ(印象)でした。
 …自分は昔から喧嘩ばかりする問題児で、友達が全然出来なかったです。そんな自分でも、誰かの笑顔や回復が取り戻せるなら、と思えるようになり大学に進学しました。
親が一番心配していましたけどね。お前本当になれるの?って(笑)」

(中編に続く)

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